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清洲城

再建された清洲城の天守閣のスタンプです。

名古屋国際会議場

ここで、医学会総会がありました。フランチェスコ・スフォルツァ将軍の騎馬 像が圧倒的な量感を持って迫ります。

名古屋駅

「尾張名古屋は城で持つ」と言われた名古屋城は、戦火で失われるまで、そ の威容を誇っていました。広い城域です。名古屋も名古屋城も、さすがと言え ましょう。

豊川駅

豊川稲荷は、「日本三大稲荷」には必ず含まれるお稲荷さんです。伏見稲荷 は別格として「三大」に含まれないことがあるにしても、他には岡山県・最上稲 荷、佐賀県・祐徳稲荷、大阪府・瓢箪山稲荷、茨城県・笠間稲荷、などが挙げ られます。

本長篠駅 

「長篠の合戦」は世に名高いものです。織田軍の鉄砲三段撃ちが武田騎馬軍 団を打ち破った・・・というものです。
まあ、当時の火縄銃では、三段撃ちは危険きわまりなく、しかも火縄銃の射撃 で周囲は煙だらけ、とても三段撃ちなどという進退は不可能でしょう。弓矢には 三段撃ちという技法があるそうですから、そこから思いついた与太話でしょう。ま た、武田軍の騎馬軍団というのも眉唾物。当時の日本馬はポニー同然の小馬、しかも、武田軍の騎馬部隊いうのは数百頭程度で、上級武士が乗るのみのもの です。騎馬突撃なんてことはしません。
結局のところ、織田・徳川連合軍は馬防柵を築いて当初は防御に徹し、機を 見て反撃して数の優位で押し、追撃戦に移ってから、武田軍の名のある武将を 討ち取ったということでしょう。

やしの実博物館入館記念) 

渥美半島の伊良湖岬を、後の民俗学者柳田國男が訪れたのは、明治31年の夏の約2ヶ月間だったといいます。柳田氏が散策の途次、恋路ヶ浜で拾った椰子の実。この話を、東京に帰って友人の島崎藤村に語ったのが素材となって抒情詩「椰子の実」が生まれました。
「椰子の実」の詩の舞台・伊良湖岬に、遠く南の島から流れ着く"やしの実"をメインテーマにした「やしの実博物館」があります。  
この博物館は渥美半島の先端に位置し、第三セクターで運営されているそうで、様々なココヤシなど、インドネシア産を中心に、実・幹・葉・種・房・花などが展示されています。

道の駅 伊良湖クリスタルポルト

田原市の国道42号線沿い、伊良湖岬の突端にある道の駅で、伊良湖港の旅客ターミナルでもあります。ちなみに「伊良湖」は「いらご」と読みます。

徳川美術館 (1)

尾張徳川御三家の美術館です。名古屋市東区徳川町にあり、財団法人徳川黎明会が運営しています。
徳川家康あるいは、尾張徳川藩ゆかりの物品を展示していますが、『源氏物語絵巻』を収蔵していることで有名です。

徳川美術館 (2)

旧・大名家などの収蔵品は、当該家の衰微や戦火、明治維新、あるいは第二次大戦後の混乱などで散逸してしまったものも多いのですが、尾張徳川家の収蔵品は早くから財団法人下に置かれていたため、まとまった形で残されています。
さすがに素晴らしい展示品で、感動しました。

常滑市陶磁器会館 とこなめ焼PRセンター 

常滑焼は常滑市を中心に知多半島で焼かれる陶器です。
平安時代には盛んに陶器の製造がなされていたようです。
常滑市にはINAXの本社があります。

岡崎城

岡崎城は、徳川家康(松平元康)が生まれたところと言われています。「岡崎城」の名は、家康の祖父・清康が命名したということです。歴代城主が拡張し、最終的には全国的にも結構大きな規模の城郭となったことがわかっています。
今見る天守閣は復興天守です。桜の名所になっています。
江戸時代は5万石と、そう大きな大名は無かったのですが、譜代大名が入る城でした。
矢作川と乙川が合流する岡崎は水運が発達していたようです。

岡崎駅

岡崎は愛知県中央部にあります。八丁味噌で有名です。
南町奉行として有名な大岡越前守忠相が大名に取り立てられ立藩した西大平藩も岡崎市内になります。

岡崎 三河武士のやかた家康館

岡崎は家康の出生地であるというだけでなく、その家臣であった三河武将・武士の祖地でもあります。
三河は源氏との縁も深い国で、源朝頼・足利尊氏らの天下人のバックボーンでもあります。そうした風土が家康や三河武士の天下統一への背景にもなったのかもしれません。

名古屋駅 (2)

意匠は名古屋駅ビルである「セントラルタワーズ」です。
54階建て、245mで駅ビルとしては世界一高いそうです。

内津峠PA

中央自動車道の愛知県と岐阜県の境に近いところに位置するPAです。PAの近くに内津峠があります。
日本武尊が、部下の死を聞いて、「ああ、現(うつつ)かな!」と嘆いたのが地名の由来とか。