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岐阜城

織田信長が改修し、「天下布武」を唱えた名城です。
現在建てられている天守閣は史実のものではありませんが、そこからの眺望は日本一とも言えます。広大な濃尾平野百万石が見渡せるのですから・・・。
天下を獲れるように思うのもむべなるかな・・・です。

岐阜駅

「岐阜」の名は最終的には織田信長が付けたものです。
周の興った地「岐山」から採っています。
長良川の鵜飼は、なかなか情緒があります。

高山駅

飛騨高山は、小京都と言われます。日本全国には数十の「小京都」と呼ばれる街がありますが、高山は、その中でも、「小京都」というに相応しい街だと思います。

高山陣屋 

飛騨国は、一国まるまるが天領でした。十万石規模の天領というものは幾つも存在していません。高山陣屋は、格の高い政庁でした。しかし、その格を維持するために厳しい収奪があったようです。

合掌村

飛騨の合掌造りを移築してあります。
仮面の忍者「赤影」が出てきそうですね。豊臣秀吉が、まだ木下藤吉郎だった頃、飛騨の国から仮面の忍者をよんだ。その名は…、「赤影参上!」

大垣市郷土館

JR大垣駅から歩いて10分ほどのところにあります。尼崎城も築いた戸田氏鉄がこの地に封じられて350年を記念して開館したものなのだそうです。
武家屋敷風の外観で、歴代藩主の戸田氏関連の物品や美術品を展示しています。

木曽三川公園 水と緑の館

木曽三川公園は、岐阜県・三重県・愛知県にまたがる日本一広大な国営公園だそうです。
水と緑の館は、高さ65mの展望タワーを持ち、治水事業の歴史や木曽三川に棲む生物などの紹介をしています。
ここから眺める木曽三川は自然の豪壮さと、それ戦う人間の営みを間近に感じさせてくれます。

木曾三川公園 ご来館ありがとうございます

木曽三川分流の工事は、江戸時代、薩摩藩によって行われたものが有名です。幕府が、薩摩藩の力を弱めるため、木曽三川分流工事を請け負わせ、多大な費用と犠牲を出して工事完了させたものです。みなもと太郎氏「風雲児たち」の三川分流工事の執筆には鬼気迫るものがあります。

道の駅 月見の里 南濃 (1) 

岐阜県海津市にある、岐阜県最大の「道の駅」といわれます。
R258沿いで、「月見の森」の麓だそうです。木曽三川が収束していく傍らにあります。

道の駅 月見の里 南濃 (2)

「月見の森」ではミカンが採れるそうです。全国的に見ても、大きい部類に入る「道の駅」ではないでしょうか。

道の駅 月見の里 南濃 (3)

水晶の湯という足湯があります。ミカンが浸かっています。

馬籠宿

木曽地方は古来から、信濃国(長野県)か美濃国(岐阜県)か、所属が不明確な地域だったようです。近世まで、木曽地方は美濃国に含まれていました。
江戸時代初期、木曽地方が信濃国に編入され、現在の県境に近くなりました。そして、木曽は尾張藩の支配下となり、木材資源を厳しく収奪されたようです。
同じ木曽でも、妻籠宿は長野県に留まり、この馬籠宿は岐阜県に越境移管されました。今では、馬籠宿は岐阜県です。岐阜県中津川市に含まれています。信州人と意識していた筈の島崎藤村も、今では岐阜県出身となってしまったというわけです。このあたり、曖昧なものを感じさせます。

藤村記念館

「夜明け前」を書いた島崎藤村は馬籠宿の生まれです。中山道とはいえ、山深い馬籠に生まれ、日本近代の精神世界の動揺を描きました。色々、艶聞もあったようですが、写真を見ると、近代的な男前です。今でもイケメンで通りそうです。

馬籠脇本陣史料館 (1)

馬籠宿は中山道69次の43番目です。江戸からの距離は約330キロです。街道は山の尾根に沿ってできており、宿場全体が坂道になっています。地形上、水には恵まれておらず、何回も大火に遭っています。
中山道は西国大名34家の参勤交代指定路であり、馬籠宿にも本陣・脇本陣が設けられていました。

馬籠脇本陣史料館 (2)

馬籠宿の石畳の坂道を五平餅を頬張りながら歩いていると、なかなか気分の良いものでした。
尾張藩は、木曽を支配していましたが、その材木の管理は非常に厳しかったようです。木によっては、枝一本切っても死罪に近い刑罰をくらったようです。今でも国有林になっています…。