北海道
青 森
岩 手
宮 城
秋 田
山 形
福 島
茨 城
栃 木
群 馬
埼 玉
千 葉
東 京
神奈川
新 潟
富 山
石 川
福 井
山 梨
長 野
岐 阜
静 岡
愛 知
三 重
滋 賀
京 都
大 阪
兵 庫
奈 良
和歌山
鳥 取
島 根
岡 山
広 島
山 口
徳 島
香 川
愛 媛
高 知
福 岡
佐 賀
長 崎
熊 本
大 分
宮 崎
鹿児島
沖 縄
45
写真をクリックすると拡大表示します。 1〜45件

嵯峨駅

嵯峨駅からトロッコ列車で亀岡まで行き、川下りで帰ってきたものでした。
嵯峨は散策してると良い雰囲気です。

亀岡駅

保津川下りの起点となるところです。
舟に乗っての川下りはなかなか迫力があります。
亀岡は、かつて、明智光秀が築いた城がありました。

東映太秦映画村

太秦の映画村スタンプラリーでゲットしたスタンプの一つです。

名神高速道路桂川PA上り線

金閣寺・大文字焼き・舞妓さん・桜・・・と欲張った意匠です。でも、舞妓さん、可愛いですね。

天龍寺

嵯峨野にあります。後醍醐天皇慰霊のために建立されたお寺で、京 都五山筆頭です。

島津創業記念資料館

島津製作所は、1875年、島津源蔵よって京都に設立された。この資料館は設 立100周年を記念して1975年に中京区木屋町に開設されたもの。
島津源蔵は、薩摩の島津氏とは血縁ではない。しかし、源蔵の祖先に島津氏と の所縁があったため、島津姓と家紋を拝領したという。
そして2002年、田中耕一氏がノーベル賞受賞した。

福知山城

天正期、明智光秀によって近世城郭となりました。石垣には多くの墓石が使われています。宗教界に対して権力を誇示するためのものか、単に突貫工事で材料に窮しただけのことなのか、不明とのことです。

平成4年観光記念 FUKUCHIYMA CITY

「ドッコイセ」は築城の折、石垣を運ぶ掛け声だという伝説があります。江戸時代は朽木氏の封地でした。

京都駅

京都駅、京都タワー、大文字焼き、東寺五重塔と欲張った意匠の京都駅スタンプです。どうも、京都には名所が多くあ るので、欲張った意匠になるようです。

山科駅

三条通りのすぐ傍らにあります。湖西線の基点になります。

歴史街道 勝龍寺城

信長上洛の後、細川藤孝(幽斎)が、細川氏に因縁のある勝竜寺城を与えられました。ここは京の南西部を守る要衝で した。

長岡京市勝竜寺城公園

この勝竜寺城で、幽斎の息子・忠興と、ガラシャ(光秀の娘)が祝言を挙げたと言われています。
今では、高麗門や隅櫓が建造され、公園として整備されてお り、ツツジが見事です。

アサヒビール大山崎山荘美術館

山荘として建てられた洋館を美術館とし、安藤忠雄氏が修復したものだそうです。

OYAMAZAKI (アサヒビール大山崎山荘美術館)

意匠は安藤忠雄氏の設計で建造された新館のようです。

歴史街道 大山崎 天王山

山崎の合戦があったところです。本能寺の変で織田信長父子を倒した明智光秀は畿内を制圧しました。しかし、羽柴秀吉が中国から反転してきて、この地で決戦に及びます。
戦いの帰趨を握るポイントのことを「天王山」と呼びますが、しかし、実際の山崎の合戦では戦術上、そう重要ではなかったようです。

SUNTORY YMAZAKI DISTILLERY

山崎のビール工場です。中を見学できます。巨大な工場で圧倒されます。ビール、ウイスキー、美味しかったです。

保津川下り(1)

保津川渓谷を亀岡から嵐山までの16キロ、約2時間の川下りです。結構、豪快です。

保津川下り(2)

保津川下りは、もとは物資輸送のために行われたものなのだそうです。観光客を乗せて遊覧するようになったのは明治時代後期からのことだそうです。

嵯峨嵐山駅

京都市右京区嵯峨天龍寺車道町に位置します。以前は単に「嵯峨駅」だったそうです。
意匠は、嵯峨野の竹やぶと渡月橋、向こうに見えるのが嵐山でしょうか。

宇治駅

宇治市は京都市に南隣しています。十円玉の意匠である宇治平等院鳳凰堂が端整な姿を見せます。鳳凰堂は水に囲まれていることで、戦火や災害から守られたのかもしれません。

歴史街道 嵐山・嵯峨野

嵯峨野・嵐山あたりを散策するのは気持ちの良いものです。お洒落なお店も並んでいたりします。美味しいものもいっぱいあります。その中でも「吉兆」はさすがでした。

西舞鶴駅

かつては「舞鶴駅」だったそうですが、市域の拡大に伴い、「西舞鶴駅」に改称されたそうです。北近畿タンゴ鉄道の起点にもなります。
舞鶴城(田辺城)がすぐ近くにあります。
 

ぶらり嵐山

嵐山は国の史跡・名勝に指定されている一大名勝です。桜や紅葉の名所で、平安時代には貴族の別荘・別宅が設けられたといいます。今でも、多くの店舗や食事店、そして嵯峨野が広が?ています。
意匠は渡月橋でしょうか。渡月橋より上流が大堰川、下流が桂川という名前になっています。

京都府歴史街道 石清水八幡宮

石清水八幡宮は、京都府八幡市の男山にある旧・官幣大社です。清和天皇の創建とされ、清和源氏に尊崇されました。

京阪電車 八幡市駅

石清水八幡宮の傍にある京阪電車の駅です。「やわたし」駅と読みます。

三川合流ドラマティックワールド 八幡市

石清水八幡宮は、京都南西のいわゆる「裏鬼門」を守護するという意味もあったといわれています。
木津川・桂川・宇治川の三川合流があります。

日本三景天橋立 観光記念 (1)

京都府北部、宮津湾に在る松林が並ぶ砂嘴(さし)です。
逆さに見ると、天に架かる橋に見えることから「天橋立」と呼ばれるようになったとのことです。松島(宮城県)・厳島(広島県)とともに日本三景の一つに数えられます。
イザナギが天に昇るための梯子が倒れたものが天橋立であるという神話があるようです。

日本三景天橋立 観光記念 (2)

傘松公園からの「股のぞき」が有名です。傘松公園から天橋立を見ると「斜め一文字」に見えます。
百人一首に「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天橋立」とあります。
近年、天橋立の砂嘴が侵食されて存続の危機もあるようです。

文殊堂

天橋立の近くの知恩寺には文殊堂があり、文殊様で有名です。
現生人類がアフリカで誕生して、中東を経て世界中に広がりましたが、アジアに分布した遺伝子グループを「文殊」と呼びます。ことほどさように「文殊」って凄いなあ…と思います。

日本三景天橋立 三人よれば文殊の智恵

「三人寄れば文殊の智恵」が正しいのか、「船頭多くして船山に登る」が正しいのか…。難しい問題です。
ともあれ、知恩寺の文殊は日本三文殊と言われているそうです。

日本三景天橋立 九世の文殊

知恩寺は、謡曲「九世戸」の題材になったそうです。

北近畿タンゴ鉄道 MIYAZU STATION 

北近畿タンゴ鉄道の駅です。天橋立駅の次の駅です。

田辺城資料館

細川幽斎が築いた城です。別名を舞鶴城といい、この城の名称から、「舞鶴」の地名が生まれました。
大きな意味での「関ヶ原の合戦」でも、東軍についた幽斎が田辺城に籠もり、篭城戦が繰り広げられました。しかし、「古今伝授」の廃絶を恐れた各方面からの陳情で、城は開城となり幽斎の命は救われます。
江戸時代の城主は京極氏、牧野氏と続き、現在では公園・資料館となっています。

京都駅(2)

意匠は京都駅のビルです。京都タワーと東寺五重塔では、京都タワーの方が遥に背が高いのですが、このスタンプでは、東寺五重塔の方が高くなっています。
ともに、京都の「塔」のシンボルですが…。

日本100名城 二条城

徳川幕府の京都の守りとして睨みを利かすはずの二条城は、城郭というよりは御殿という雰囲気です。方形の城域で、石垣も濠も見事です。しかし、幕府の京都での役務は所司代が務めていました。
日本の城の国宝といえば、姫路・彦根・松本・犬山の4城(の天守閣)が有名ですが、この二条城二の丸御殿も国宝です。世界遺産でもあります。

歴史街道 二条城 

この二条城の大広間で、徳川慶喜が大政奉還を宣したと思うと、その広間そのものを見ることができるのは凄いことだなあ、と思います。
御殿の中を巡回することができますが(結構広いです)、廊下は「うぐいす張り」になっていて、歩くとキュッキュッと音がします。

元離宮 二条城

二条城天守閣は1700年代に落雷で失われています。しかし、結構綺麗な天守台が残っています。
明治後、二条離宮となりました。昭和14年に下賜され元離宮ということになったようです。

京都タワー展望記念

JR京都駅前に聳え立つ京都タワーで、高さは131mです。その中途半端な高さは、建設当時の京都市の人口131万人から採ったと言われています。
灯台をイメージしたデザインなのですが、その形状や京都という街のイメージから「ロウソク」とよく言われます。京都市内が一望にでき、なかなか面白いです。
京都タワーのいわゆる「ゆるキャラ」は『たわわちゃん』です。

世界文化遺産 本願寺参拝記念

戦国時代、信長と血で血を洗う抗争を繰り返した本願寺は、最終的には京都に戻ってきます。京都を東西に結ぶ、本願寺から豊国廟につながる一種の「聖なるライン」を形作っていました。
そのラインを分断する形で、徳川によって東本願寺が造成されます。京都タワーから京都市街を眺めると、このことがよく判ります。
宗教は分割して統治せよ…でしょうかね。

世界文化遺産 本願寺参拝記念 国宝飛雲閣

西本願寺は、天正19年に秀吉の肝入りで当地に移ってきました。なかなか見ることはできませんが、その奥に飛雲閣があり国宝になっています。秀吉の聚楽第からの移築といわれ、金閣・銀閣とならんで、京都の3楼閣とも称されます。

本願寺参拝記念 国宝唐門

唐門は桃山様式の豪華絢爛な門で、国宝になっています。
真宗では、「ご朱印」を押さないそうです。西本願寺の僧侶の方に訊くと「あちらにスタンプがあるので、それをどうぞ」と言われました。う〜〜ん、どういう歴史的経緯があるのでしょうか…。

きんき道の駅 舟屋の里 伊根

伊根町は丹後半島に位置する町です。南側に宮津市があります。魚や地酒が特産物です。
この道の駅からは伊根湾が見渡せ、舟屋を俯瞰することができます。

伊根湾めぐり 遊覧船観光記念

伊根湾は、若狭湾の中の宮津湾の、さらに奥にあります。しかも湾口に青島という島があり、日本海の荒波から隔てられて波が非常に穏やかです。また、家の後背にはすぐ山が迫っていて、家屋に十分なスペースが取れません。そこで、舟のガレージとも言うべき舟屋という構造ができました。舟屋の2階に居住スペースなどがあります。
この伊根湾の湾内を遊覧船でめぐることができます。カモメや、カモメに交じってトンビらしき鳥も寄ってきて、餌のかっぱえびせんを咥えていきます。

伊根の舟屋 舟屋の里公園

舟屋は200軒以上もあるそうです。近年では、舟の大型化で?舟が舟屋に入りきれないケースもしばしばとか。
この舟屋の里公園からは、伊根湾、そして舟屋群が一望にできます。

ようこそ丹後路へ 日出駅

鉄道の駅ではありません。伊根湾巡りの遊覧船乗船の手続きをするところです。
たまたま、伊根湾を訪れた際、通り雨に遭い、ここで雨宿りをしてから遊覧船に乗り込みました。