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下諏訪駅

上諏訪駅と同じく諏訪湖畔にある駅です。諏訪湖の周りは温泉だらけ。
諏訪大社を参拝した後は、温泉に浸かって命の洗濯をしましょう。

上諏訪駅

この駅のホームには無料で入れる足湯があります。
勿論、最低限、構内に入らねばなりませんから入場券の購入は必要ですが。
ホームを行きかう人と言葉を交わしたり、ほっこりする駅です。

野辺山駅

JRで最も標高の高いところにある駅です。(JR線で最も標高の高い地点は野辺山駅と清里駅の間にある地点で1375mだそうです。)

小諸駅

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
小諸は仙石氏の所領でした。仙石氏が、兵庫県の出石(現在、豊岡市に含まれる)に転封されたことにより、信州ソバが出石に伝えられ、出石ソバになったといわれています。

諏訪 高島城

諏訪家2万7千石の居城でした。復元天守ができています。かつては諏訪湖に突き出した城で、「諏訪の浮き城」と言われたそうです。諏訪湖の干拓により、その面影は失われましたが、日本三大湖城の一つ(他の二つは松江城・膳所城)に数えられています。屋根には瓦ではなく、薄いヒノキの板を葺いています。

小諸徴古館

左甚五郎作と伝わる春日局・家光像があります。

南信州昼神温泉郷 ユルイの宿 恵山

中央自動車道を岐阜県から長野県に入ってすぐのところにある温泉郷です。温泉が見つかったのは昭和40年代で、トンネル掘削のためのボーリング中に湧出したのだそうです。
「昼神」の地名は日本武尊の伝説によります。日本武尊が、この地を通ったとき、白鹿に化けた地神に行く手を阻まれました。そこで日本武尊、口に噛んでいた蒜(ネギやニンニクの古名)を投げつけて退治したとのことです。そりゃあ、誰でも逃げ
るでしょうねえ。

妻籠宿

中山道の宿場町です。「中山道(なかせんどう)」が正式表記で、「中仙道」と書くのは通称です。
妻籠宿は、木曽に含まれ、中世は美濃国の領域でした。江戸時代の街並みを残しています。妻籠は中山道の要地です。木曽氏が統治し、小牧長久手合戦の折には、信州から美濃を覗おうとした徳川方の軍勢を撃退しています。徳川方も羽柴方も、
中入れの軍勢は失敗しているところが面白いですね。

木曽 中山道妻籠宿本陣 (1)

妻籠宿には本陣が置かれ、北陸・西国の大名が、参勤交代の際に、ここを通過しました。木曽氏が転封になった際、その配下の土豪は当地に残って、本陣管理者や庄屋になったとのことです。

木曽 中山道妻籠宿本陣 (2)

中山道は山道が多いとはいえ、東海道のように川止めがありませんでした。よって、旅程が立てやすかったといいます。女性の旅行者が多かったので「姫街道」とも言われるようですが、特に女性旅行者が多かったということもないようです。和宮降嫁のイメージが強いからでしょうか。
和宮降嫁に、あえて中山道を使ったのは、東海道よりも江戸までの距離が長いので、幕府に費用を多く使わせようとする策略だったといいます。

中山道妻籠宿 脇本陣 奥谷 (1)

妻籠宿は中山道69次のうちの42番目です。街並み保全に力を入れた結果、宿場町の雰囲気がよく残されています。
この脇本陣は重要文化財に指定されています。

中山道妻籠宿 脇本陣 奥谷 (2)

鉄道や自動車道は旧・中山道とは違うルートを通ったため、中山道と、その宿場町は寂れました。しかし、それを逆手にとって、古い街並みを保存して、観光地として賑わうようになっています。
この脇本陣は、本陣の向かいくらいにあります。多くの大名が中山道を通ったので、本陣1件では間に合わなかったのでしょう。
西国大名が江戸へ攻め上ってくる際、通行に支障がでるよう、道にクランクがつけてあったりします。
妻籠の「栗きんとん」は絶品でした。

妻籠郵便史料館

普通の郵便局の中にあります。島崎藤村の「夜明け前」にも描かれている郵便局です。

中山道 木曽馬籠宿 木曽妻籠宿

中山道は5街道のひとつで江戸の日本橋を基点に、今の埼玉県・群馬県・長野県・岐阜県を通過して滋賀県の草津で東海道と合流する69次の街道でした。東海道が53次ですから、中山道の方が距離が長い(40キロちょい)のも当然でしょうか。
中山道は別名「姫街道」とも呼ばれたようですが、特に女性の旅行者が多かったということはなかったようです。ただ、川止めや海路が無く、そういう意味では安全であったのでした。

つまご宿

妻籠宿には、一般旅行者用の旅籠もありました。今でも、宿泊できる宿もあるようです。
妻籠が「つまご」で、馬籠が「まごめ」なので、読み方が、どっちがどっちだったかややこしいです。

甲州道中・中山道合流之地 信州下諏訪宿

諏訪大社(下社)の門前として賑わったそうです。甲州街道と中山道の合流地にあたります。

時は天空の浪漫 儀象堂 (1)

諏訪地方は、近代時計発祥の地であるそうで、ここでは、時計に関する様々な展示やイベントが行われています。時計作りの体験工房などもあるようです。

時は天空の浪漫 儀象堂 (2)

諏訪地方は、近代時計発祥の地であるそうで、ここでは、時計に関する様々な展示やイベントが行われています。時計作りの体験工房などもあるようです。