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荒神谷遺跡

荒神谷遺跡でゲットしたものです。僕が持ってるスタンプの中で、最も色合いが綺麗なものです。

安来駅

安来節は全国大会なども開かれ、「段」の認定などもあるらしいです。
ドジョウすくいは「土壌」すくいか・・・ともいわれるそうです。

月山富田城

尼子氏の居城となったところです。広瀬町(現・安来市)は、かなり山に入った場所であり、こうした山城から拠点を移せなかったのが尼子氏の限界だったのかもしれません。でも、ここに来ると、広大な山城であったことが判ります。

日御碕 観光案内

島根半島の西端に位置する岬です。ここの灯台は日本一高く、「世界の灯台100選」にも選ばれています。

松江駅

島根県の県庁所在地・松江です。いい街だと思います。松江城天守閣は重要文化財に指定されています。秀吉が稲葉山城攻略の際、道案内をしたとされる堀尾吉晴の築城です。堀尾氏、京極氏の後、松平氏が入り18万6千石を領しました。

国立公園 隠岐

島根半島の北方約50キロの日本海に浮かぶ隠岐群島です。後鳥羽上皇、後醍醐天皇など配流の島として有名です。なお、竹島も隠岐の所轄内です。
隠岐の牛突き(闘牛)は、配流になった後鳥羽上皇の無聊を慰めたのが起源と言われ、牛同士がぶつかリ合います。ぶつかる時、物凄い音がして迫力があります。

津和野駅

津和野は亀井氏の城下町です。山陰の小京都と呼ばれる静かな美しい街です。森鴎外・西周・安野光雅は津和野の出身です。掘割に鯉がたくさん泳いでいて、見ていて飽きませんでした。

津和野郵便局

津和野駅はSLやまぐち号の終着駅です。

和鋼博物館

安来市にある和鋼に関する博物館です。古来、ヤマタノオロチ神話にも見られるように出雲は製鉄・刀剣作製で有名です。砂鉄を用いての「たたら」による製鉄などの展示がなされています。
もとは日立製作所だそうです。「もののけ姫」の作製においても、展示物が参考にされたそうです。

道の駅 広瀬・富田城(1)

意匠は「月に祈る山中鹿助(鹿之助)」でしょうか。三日月に「我に艱難辛苦を与えよ」と祈ったと伝えられます。
その通り、彼の人生は艱難辛苦に満ちたものでした。尼子氏再興に身を挺して奮闘、最後にはその甲斐なく、倒れます。しかし、彼の子孫は、「鴻池」となって江戸時代には隆盛を極めることになるのです。

道の駅 広瀬・富田城(2)

同じく尼子遺臣でも、亀井氏は山中鹿之助と違って、江戸時代まで大名として残りました。
尼子氏は毛利氏に捕らえられ、その家臣として過ごしました。

広瀬町立歴史民俗博物館

今では安来市に含まれています。月山富田城の近傍にあります。月山富田城も、足立美術館も、安来市に含まれてしまいました。それほどに安来、あるいは安来節というのはイン
パクトがあるのでしょう。

石見銀山 (1)

世界遺産に認定された石見(いわみ)銀山です。島根県大田市にあります。
戦国時代初期より江戸時代にかけて銀が採掘され、一時は、全世界の産出量の3分の1を占めるほどだったと言われます。そういう時代にあっても環境に配慮がなされての採掘であったということが世界遺産認定に大きくものを言ったということです。
鉱山としては、なんとか戦時中まで採掘が続けられたようです。今では閉山となっていますが、観光ルートで坑内を見学することができます。

石見銀山 (2)大森代官所跡

銀山をめぐっては、中国地方の戦国大名の間で抗争が繰り返されました。戦国時代の大内・尼子・毛利の石見(島根県)での抗争は、この石見銀山の所有を争ったものと言ってもいいでしょう。
  江戸時代は江戸幕府直轄地とされ、大森の地に代官所が置かれました。大森代官所は約5万石の規模であったということです。

石見銀山 (3)国指定大森代官所跡 

「石見銀山」は、毒薬の代名詞にもなっています。しかし、この大森の銀山では毒物である砒素は採掘されていません。
同じ石見国内の津和野の鉱山で採掘された亜ヒ酸がネズミを捕る毒に使用されたのです。同じ石見ということで、名の通っている「石見銀山」の名称が使われたのだということで
す。
そういえば、津和野で噴出した日本最大級の間欠泉が閉鎖になったのも砒素の検出が見られたからだったような…。

大森銀山跡

今でも「間歩」と呼ばれる坑道が500以上も残り、一般公開のなされているものもあります。
石見銀山には、今まで二度訪れました。大田では、大学の同級生のご両親に大変お世話になりました。懐かしく思い出します。

宍道駅 (1)

宍道湖の畔にある駅です。宍道町は今では松江市に含まれることになってしまいました。

宍道駅 (2)

宍道町には、歴代松江藩主の本陣として使用された木幡家住宅(いわゆる「八雲本陣」)があります。建物は重要文化財に指定されていますが、現在も旅館・割烹として現役です。大名気分にひたれます。ここで食べた鴨鍋は絶品でした。

明々庵

松江市にあります。松江城を望むところにあります。茶人大名として有名な松平不昧(7代目藩主)が建てた茶室で、ここに移転されたものです。

八雲立つ風土記の丘 (1)

「八雲立つ」は出雲にかかる枕詞です。「出雲」は島根県東部でいわゆる古代出雲王国の地域です。
初めてここを訪れた時、丘の遠方に入道雲が幾つも立ち上るのを見て、『八雲立つ』を実感したものです。

八雲立つ風土記の丘 (2)

このスタンプは「開所20周年記念」ですが、もうすぐ開所40周年を迎えます。
古代出雲王国、オオクニヌシ、スサノオ、スクナヒコナ、これらはいったい何だったのでしょう。

島根安来和鋼博物館

もとは、日本刀の製造にかかわる製鉄といってもいいのでしょうか。砂鉄からの製鉄で、「たたら」とは何かを実感できます。「安来節」も製鉄とかかわりがあるそうです。

出雲大社参拝記念

オオクニヌシが国譲りの後、まつられた大社です。古代には巨大な神殿であったとも言われます。それを裏付ける柱が出土して話題になったこともあります。
現在でも、その拝殿は巨大で、見るものを圧倒します。ここの宝物殿に行ったとき、停電になったのにはびっくりしました。
縁結びの神様ということになっています。4回拍手(かしわで)を打ちます。2回は自分のために、もう2回は相手のために…だそうです。

国立公園 隠岐

折り詰めの枡の中に「隠岐」が詰め込まれているような意匠です。
隠岐諸島は島根半島の北方沖合い約50キロの日本海に浮かびます。大小約180の島々からなり、最大のものは島後島です。古来、人が住み付き、「隠岐国」として1国を成していました。遠流の島とされ、後鳥羽上皇、後醍醐天皇などが流されています。
領土紛争がある『竹島』も、隠岐に含まれます。

隠岐郷土館

隠岐の歴史は、都からの僻遠の地とはいいながらも、国境地帯(海域?)であるという言い方もでき、様々な事象に彩られています。
後醍醐天皇の隠岐配流と、その脱出は、日本史の名場面のひとつに数えられるでしょう。

後醍醐天皇ゆかりの島 隠岐

鎌倉幕府に叛旗を翻した後醍醐天皇(生前からおくり名を「後醍醐」と本人が決めていたそうです)は、隠岐へ遠流になりました。しかし、後醍醐天皇は不屈の闘志を持っていたといえるでしょう。隠岐を脱出して伯耆の名和氏を頼ります。なまじ天皇に生まれるよりも、普通の武将に生まれるべき人だったのかも。そしたら、天下が獲れたかもしれません。

隠岐海洋自然館

隠岐は日本海に浮かび、対馬海流がぶち当たります。
海岸は波に削られ荒々しく、マリンスポーツや釣りなどに訪れる人も多いようです。

西郷町観光協会

今では、隠岐全島が「隠岐の島町」に統合されています。
航空写真で見ると、隠岐諸島って「前方後円墳」のような形をしていますね…。

隠岐プラザホテル(1)

幕末維新のどさくさで、隠岐コミューンとも言うべき自治が島民によってなされています。「隠岐騒動」という名で呼ばれていますが、隠岐では、もっと誇りにしていいのでは。

隠岐プラザホテル(2)

旧・西郷町、港のすぐ傍いあるホテルです。海産物が美味しかったのは当然ですが、中でも、もずくが美味しかったことをよく覚えています。

スーパーシャトル レインボー乗船記念 隠岐汽船

本土と隠岐を1時間ほどで結ぶ水中翼船です。